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【経験談】なるわけないと思っていたのに適応障害になった話

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broko
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はじめまして。

このブログを運営しているbrokoです。

この記事では私が適応障害になった当時のことを書いています。

この記事を読んで同じ境遇の方々が少しでも気が楽になってくれたらなと思いを込めて書きます。

また、同じ境遇の方でなくてもこんなこともあるんだなと知っていただけたら幸いです。

適応障害になるまで

社会人になって一年目、私にはマンツーマンで教えてくれる先輩が一人ついていました。

その先輩は気分にムラがあり、私が苦手とするタイプの人でした。

先輩に話しかけるタイミングが良い時と悪い時では対応の差が激しく、必要以上に気をつかわないといけなかったため次第に心が疲弊していくようになりました。

そして仕事は常に短納期、失敗をするとまた一からやり直しで次の日のノルマにプラスαで仕事が増えることになります。

早く帰りたかった私は始業前に会社に行く日々が始まりました。

ですが、早く会社に行ったからといって早く帰れるわけではなく、休憩を短くしたからといって早く帰れるわけではありません。

早く行っても休憩を削っても仕事は終わらず毎日2、3時間残業をしていました。

辛かったのに、しんどかったのに、助けを求めることもできず…

もともと仕事に対してのモチベーションは低くいつも仕事に行きたくないと思っていましたが、一年目の冬にいつもの仕事行きたくないではないなと感じることが増えました。

お腹の調子も常に悪く、ふと気がつくと仕事中に涙が溢れてくるようになりました。

転職が決まっていたので3月まで勤務の予定でしたが、仕事の日には毎朝泣いて会社に行けたり行けなかったり。

どんどん辛くなり、2月で辞めることにしました。

1ヶ月間でリフレッシュをして、4月からまた新しい会社で頑張ろうという気持ちでいました。

3月の間は旅行に行ってみたり、美味しいものを食べたり、好きなことをして過ごしたのですが…

1ヶ月なんてあっという間で。

気がつくと4月になっていました。

4月からは新しい職場です。

1日目、2日目、3日目と仕事をこなし、週末休みになりました。

休み明けの仕事のことを考えるとすごくイヤになり、考えたくなくても考えてしまい…

結局、休み明けは仕事を休んでしまいました。

そこからはもう仕事に行けなくなりました。

何か明確な「イヤなこと」があったわけではないので、前の職場であった「ナニか」を引きずっていたのかなぁと。

その頃は毎日泣いて、なんで自分はこんななんだろう、生きていていいのか、死にたい、そう思っていました。

精神的にすごく辛いのに自分ではどうにもできなかったので、ネットで「仕事 自然と涙が出てくる」と検索してみました。

すると、医療機関を受診した方がいいという記事を発見しました。

世の中には自分と同じような人もいるのだなぁと少しホッとしたのを覚えています。

どうしたらいいか色々考えましたが、仕事を休職して一旦実家に戻り、実家近くの心療内科を探すことにしました。

心療内科や精神科ってなぜか抵抗があったのですが、診断を受けたほうが楽になるかなと思い受診を決意しました。

見つけた心療内科では、問診票を書いて看護師さん?が症状のヒアリングをしてくれました。

その看護師さんがまあ〜優しくて、寄り添ってくれて、私は泣いてしまいました。

泣きたくないのに…

そうこうしているうちに今度は先生の診察です。

先生は話を聞いてくれるというよりは、診断に必要な情報をヒアリングするという感じでした。

ヒアリングが終わると、ついに診断名が…

「適応障害ですね。」

その言葉を聞いた時なぜかホッとしました。

自分でなんかおかしいと思はうけどなんなんだろうなとずっと思っていたので、肩の荷が降りたというかなんというか…

うん、受診してよかったなと思いました。

診察が終わって薬を処方してもらい、療養生活が始まりました。

適応障害中の療養生活

私は実家で6ヶ月間、療養生活をしました。

毎日何をするわけでもなく、ぼーっとして、携帯を見て。

その繰り返しです。

療養生活の間、通院もしていました。

薬はたしか1ヶ月分とかしかもらえなかったので、切れる前に病院に行っていました。

薬が切れるのはまずいらしいです。

薬にはもちろん副作用もあって、私が飲んでいた薬の場合は夜中に何度も目が覚めたりトイレが近くなったりしました。

でもその薬を飲んでいると不思議と、落ち込むことが減ったんですよね。

「予期不安」と言うらしいのですが、このまま働けなかったらどうしようとか、周りの人が離れていったらどうしようとか、起こるかどうかわからないことを考えては不安になっていたのですが、薬を飲み始めてからはそれがほとんどなくなりました。

その後はこれといって何も特別なことはしないまま、半年を過ごしました。

親にも迷惑をかけているしずっと実家に居るわけにはいかないなと思っていたので、半年が経ったところで復職を決意しました。

半年の療養期間を経て復職

復職は週3日の午前勤務のアルバイトから始めました。

週5日のフルタイム勤務で働く自信がなかったからです。

しかし、週3日勤務でさえ休んでしまうこともあったので罪悪感がすごかったです。

どれだけポンコツなんだ…と自分を責めたりもしました。

そんな私でも徐々に勤務時間を伸ばし、週4日のフルタイム勤務まで時間を伸ばすことができました。

週4日のフルタイム勤務を始めてからもう4年が経ちます。

週4日が当たり前になってからは、週5日で働くなんて考えられません…

給料は周りの人たちより低いけど休みは周りの人たちより多いので、精神的な余裕があります。

私には今の働き方が合っているなと常々感じているところです。

復職してからも通院は続いていましたが薬がない生活に戻りたいと思っていたので、1年ほど経ったところで先生の許可出て、卒業することができました。

その後3年ほど経っていますが順調に生活を続けられています。

適応障害になって思うこと

精神的にすごく辛かったとき、死にたいっていつも思っていたんです。

でも今考えるとあれは異常だったんだなってすごく思います。

今は死にたいなんて思うことはありません。

精神的にしんどくなると自然と涙が溢れてきたり、ずっと体調が優れなかったり、身体にも影響がでてきます。

あれ?と思ったら病院で受診することを強くおすすめします。

ただ、病院・先生によって合う合わないがあると思うので、合わなかったら変えるのもありだと思います。

実は私も病院を変えたことがあります。

実家近くの病院から自分の家に帰る時、先生に紹介してもらった病院が私には合いませんでした。

結局治るまでは変えた先の病院に通い続けられたので、変えてよかったなと思っています。

おすすめの本

適応障害になって療養生活中に読んだ本の中で心が軽くなった本を二冊紹介しますので、ぜひ読んでみてください。

最後に

仕事は3年続けろだとか休むのは甘えだとか、ネットにはネガティブなことばかり書いてありますが私はそうは思いません。

3年続けずに辞めたっていいし、甘えと言われようが何と言われようが休んでいいと思います。

「生きる」ってただでさえ大変なので、一旦休憩をしてみるのもアリだと思います。

何もできない日があったっていいんです。

何もしない日があったっていいんです。

無理はしすぎぬよう…ご自分を大切に。

もっと気楽に生きられたらいいのになぁ…(心の声)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事を書いた人
broko

元適応障害。週4でゆる〜く働く30代会社員。
副業についてを発信しています。

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